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根小屋城 [隠れ郷土史]

時間がない時間がない。
まだまだ夜は寒いけど、日昼の陽射しは春を思わせるようになってきている。3月末には横浜に帰される。それまでに制覇しないと。。。
ではいきます。④今回の記事、根古屋城!!

新幹線で滑り込む車窓の左側に10数キロに渡って続く連続した丘陵がある。
観音様の北から高崎商科大学に至る広大な地域に、寺尾五城という要塞群が、ある程度の距離を置いて配備されている。
寺尾五城の位置関係(カラー).jpg
①寺尾上城(乗附城)
②寺尾中城
http://funayama-shika.blog.so-net.ne.jp/2012-07-08-1
本郭1.jpg
③茶臼山城(鷹巣城)
http://funayama-shika.blog.so-net.ne.jp/2012-09-14-1
さぁ登城だ.jpg
⑤寺尾下城(山名城、寺尾前城、寺尾下城とも)
昨日、Upしました。http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2013-02-15
碑.jpg
山名城こと寺尾下城は昨日掲載しましたが、その山名城から尾根続きに歩くと、④の根小屋城まで1.2kmなんです。
だが往路1.2kmは、帰途はまたその道を戻って来なきゃなんない距離でもある。
山名霊園近くの自然歩道入り口の駐車場から山名城入り口まで400m、本郭まで200mを加算すると、往復3.6kmの尾根道を歩くことになる。
それぐらい歩けって?
尾根道は続く1.jpg尾根道は続く2.jpg
尾根道は続く3.jpg尾根道は続く4.jpg
幸い、尾根の道は整備されて歩きやすい。
好天の下、何人かハイキング客がいたが、彼らは完全装備というかこういう山々を歩くトレッキングスタイル、シューズだった。
私はダークスーツにボロ革靴。
山名城にちょこっと行っただけでもう汚れている。足腰膝、ズボンの裾、靴が持つだろうか心配。だが心配する必要もなく整備されたいいハイキングコースでした。
尾根道は続く5.jpg尾根道は続く6.jpg
尾根道は続く7.jpg尾根道は続く8.jpg
尾根続きを歩いて行くと、進行方向右手の木々の合間に突出した丘陵が見えくる。
根小屋城が見えてきた。
根小屋城.jpg
途中、尾根が下り坂になる箇所があった。そしたら前方から、山名城の竪堀を自転車で下って来た“彼”がやってきた。
自転車の彼再び.jpg
凄い勢いで登って来る。脚力だけだろうか。補助動力か何かあるのだろうか。
「お疲れぇ~」
「またお遭いしましたねぇ~」
私はその自転車、“彼”のことを、心ん中で、「自転車っ、訪城オヤジっ」って叫んだが実際はオヤジではなく、私なんかより遥かに若い“彼”だった。“彼”は尾根を北へ走り去っていった。

搦め手(城の裏側)に来ていた。この辺りから根小屋城内です。
そこの看板によると、尾根の何処かに信玄の財宝が埋められているんだと。その場所を踏むと地中が空洞になっていて音が響くんだと。
周囲を見回して誰もいないのを確認してからドンドン跳ねてみたが、何も音がしなかったぞ。
財宝伝説.jpg
根小屋城は標高197m。
烏川と鏑川の合流点に挟まれた丘陵にある。この辺りは標高180mクラスの丘陵が北続いているが、根小屋城のある峰はこの丘陵地帯と、細い尾根でつながっている。
有事には尾根を遮断してしまえばいいのです。
根小屋城解説版.jpg
説明版のある辺りからぐるっと時計回りに回転して見学するコースになっている。
冬場なのもあるけど山名城よりも鷹留城よりも見やすい。私がこの1年間、見てきた上州50城の中でも、起伏がはっきりわかる。
各郭(曲輪)に横堀(腰郭か)、竪堀が絡みつくように配置されている。
壕1.jpg壕2.jpg
壕3.jpg壕4.jpg
壕6.jpg壕8.jpg
堀切1.jpg堀切2.jpg
壕9.jpg壕10.jpg
壕11.jpg本郭へ.jpg
本郭に登ります。
本郭1.jpg
木々に遮られながらも、市内が見渡せます。
市街地と赤城山1.jpg
市街地と赤城山2.jpg
本郭に木を伐採してる老夫婦がいた。
「どっから来たの?」
「市内からです。」
「地元の人?」
「いえ、転勤族で横浜から。春には戻されるのでその前に山名、根小屋は見ておきたかったので」
「山名も行ったんだ。山名は民有地で戦後の分捕り合戦でさ。勝手に入っと俺ん地になんだってなっから。ここ(根小屋)は県?国のものなのよ。私ゃもう何年も前から木を刈って、山を整備してんの。あれがウチのカカァ」
カカァ?
なるほど奥さんがいた。市内を遠望してる。
「何年くらい山を整備されてるんです?」
「もう20年ぐれぇになっかなぁ」
無料(タダ)で?って言いかけて止めた。
「こっちは国の持ちもんだし、何もないけど。山名は戦後の分捕り合戦で・・・」ってまた同じことの繰り返しになりかけた。
城山を護るおじいさん.jpg
「誰がいたんですかねここ?」
「信玄の誰か(信玄配下の誰かという意味)。狼煙台で、ここで煙炊いて、あっちの方(西を指さす)、下仁田の方に伝えて、そっからあっち・・・何だっけ・・・?」
「甲府まで?」
「そうそう。そこまで伝えったんだと」
狼煙台にしてはスケールが大きいが。
「今は埋めちゃったんけど。あっち側(北側)に石垣が出てきて、それが狼煙を炊いた跡だってんだよ。今は埋戻しちゃったけど」
出来上がった当初は狼煙台だった・・・という説は何処かに見られた。
誰がいたのか。信州佐久郡・望月城主の望月甚八郎、伴野助十郎・・・
そして・・・仁科信盛!!
信玄の五男ではないか。武田家滅亡の時に一族衆が相次いで逃亡する中で、たった一人、信州高遠城で徹底抗戦して玉砕した人。

隣接する山名城とは全く似ていない。
素人目に見ても似ていないのがわかる。
根小屋城縄張.jpg
山名城縄張.jpg
根小屋城も山名城も峰続きのお隣さんなので、二つを一つとして運用管理されていた。
だが縄張りは全く似ていない。同じ人が作ったのとは思えない。根小屋城の方が複雑で見ててオモシロい。これには一説があって、信玄か勘介かわからないが、もともとあった山名城を改修しようとしたら、地形的な制約で満足のいく改修ができなかったのではないかというもの。
だったら山名城の峰続きに恰好の丘があるじゃないか。ここに作っちゃえと。それがここ、根小屋城。新城なんです。
もともとある山名城を放棄しちゃったら、南の防御、管理、物見が弱くなる。それはそれで残そうと。
旧テナントの隣に新テナントを作って、旧テナントもろともダブル管理をして残したと思えばいい。Before Afterじゃないけど、全く何もない状態で作ることの方が簡単で、何かあってそれを改修しようとすると難しいのかもしれない。
上空を見上げる.jpg
「ここからどうやって帰るの?」
「山名の方にくるま停めてるので。帰りは来た道をそのまんま戻ります」
「うん。明るいウチに戻った方がいい。(まだ昼過ぎなのだが。)帰っとき、その虎口(入り口)に襄さんの詩があっからそれ見てって・・・」
襄さんの詩1.jpg襄さんの詩2.jpg
堀切3.jpg堀切4.jpg
堀切5.jpgさらば根小屋城.jpg
この後、一度だけ斜面をズリ落ちましたが、無事に帰還しました。
途中、自転車の“彼”の轍があった。
自転車男の轍.jpg
彼は何処へ去ったのだろうか。。。

靴を洗った。
靴を洗う.jpg
腹が減ったね。
駐車場から西山名駅方面へ戻って右折、5分走ったところにあるワンコインチャイナへ行った。
今日は土曜なのでワンコインランチはなく、もやしラーメン480円!!
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2013-01-17
プレハブ?.jpgもやしラーメン.jpg
いつ行っても明るくていい店なんだけど、何しろあっちの言葉で喋ってるから何を喋ってるのかチンプンカンプン。
店内のTVでは領海侵犯の報道がされてたりする。お店の人はどう見てるのだろう。

さて、これで、寺尾五城のうち、②寺尾中城、③茶臼山城(鷹巣城)、④根古屋城、⑤山名城(寺尾下城、前城とも)の4つを制覇しました。
問題なのが残る①なんです。寺尾上城こと。。。
乗附城。。。(続く)
乗附城.jpg
コメント(4) 

コメント 4

ナワ~ルド@峠おやじ

あはは、自転車の彼、
タイヤはブロックタイヤ、
バリバリのMTB仕様です。

オフロード・地道のグリップはいいけど
転がり抵抗がでかいので私は好みません。
舗装路なんか走ると
「ブリブリ」とか「ゴォー」
って音がしますもの。

自転車の山道登りはパワーとバランス・テクニックです。
パワーも補助動力(電動とか)なんか付けたら
却って重量増で登れません。
登坂力は軽量化にも比例します。

若者はパワーに勝るけど老人は経験・テクニックで
勝負します。共通するのは軽量化だけです。

しかし、なんでここに新島先生の詩があるのですかねえ?
わからん。
by ナワ~ルド@峠おやじ (2013-02-16 21:57) 

船山史家

ナワさん。
タイヤの轍で見抜かれましたね。まぁ見る人にはわかるんでしょうね。
ブロックタイヤは転がり抵抗(摩擦係数のこと?)が大きいからこういう山道に向いてるということでしょうか。初回に山名城の竪堀で会った時は、落ち葉、枯葉の上で踏みとどまってました。左斜面からズザザザ~ッって音がして、何が滑り落りて来たんかかと思ったです。
根小屋城で再会した時は、尾根道が真っ直ぐ向いて、私は下り坂だったんですが向こうは上り坂、アッという間に目の前に迫って来ました。
身軽に見えました。余計な荷物は持ってなかったように思います。
その彼は何処へ去ったんでしょうねぇ。

散策路には詩の碑が幾つかあったです。散策者の目に触れて関心を思い起こさせる為でしょうか。何でここに?って思わないでもないです。その中で新島襄さんの詩は碑も看板も新しく見えたので最近ここに持って来たんかなぁ。大河にあやかって。
でも麓からよく持ってこれたと思いますよ。

昨日今日と上州にいます。昨日は近場を散策しまくってたんですが風が強くて寒かった。
ジャン妻はi-Phoneで湘南ミュージックを流してます。(杏里とか。)
そうやって視聴効果で、横浜に帰りたくさせる肚積もりらしいです。
by 船山史家 (2013-02-17 09:45) 

ナワ~ルド@峠おやじ

身軽でしょうね。
体ごとMTBを振り回さなくちゃならないですから
持っててもデイバッグくらいでしょう。

しかし、杏里って湘南イメージなんだ。

私ゃ、彼女の歌は前にも書きましたけれど
「SKI NOW」
のBGMで流れたことからファンになりました。
だから雪国とかカナダやニュージーランドのイメージですよ(^^;)
by ナワ~ルド@峠おやじ (2013-02-17 22:58) 

船山史家

ナワさん。
彼は何処へ去っていったんでしょうか。デイバッグくらいは背負ってたかもです。
私は時間がもうないので、残りの訪城記事は3記事ぐらいで終了かなぁ。
杏里さんはBEST盤で「R136」ってタイトルのアルバムもあるから私は葉山とかの湘南イメージですが、もっと南の島、ロングビーチを謳ってるのかも。でもその人の聞いたイメージでいいと思いますよ。スノーフレイクの街角、クリスマスカレンダー、SHARE~瞳の中のヒーロー(長野冬季五輪?)なんかもあるしね。
最近は新曲の発表が少なくなったですね。過去のストックで充分、収入があるのかな、な~んて思ったりします。
by 船山史家 (2013-02-18 08:43) 

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