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名和無理之助・・・他 [隠れ郷土史]

上州で私が関わった歴ネタはおそらく今日の記事で一旦はお開きになるかと思いますが。。。

高崎市郊外にある清掃工場、クリーンセンターがドーンと建っている。
クリーンセンター1.jpg
私が上州滞在時におじゃました安中市のローズベイカントリークラブゴルフ場。。。
グリーン3.jpg
ゴミ焼却場とゴルフ場がどう関係あるのか???
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2013-01-13
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2013-02-12
あずま屋?.jpg
このゴルフ場には蔵人城という上州一揆衆(盟主は長野業政)の小城があた。説明版は8番コース内にあり原則、ゴルフプレイヤーしか見学できない。
私は支配人さんに手紙で見学を申込み、運転するカートに同乗して行ってみたら、コースの片隅、あずまやに碑と解説版があった。ゴルフをやらない私はその後も数回食事だけ利用して、上州を去る前に見学のお礼に蔵人城を知った小説を贈ってお別れした。
国を蹴った男.jpgその小説の主人公は武田軍の正規軍ならに傭兵の頭だったナワ~ルドさん・・・ではなくて・・・名和無理之助という人。名和さんはゴルフ場の蔵人城を落として次なる標的は冒頭の写真、ゴミ処理センター近くの高浜という小塞へ向かうのだが、そこへ行くには峠を越えなければならない。

名和無理之助とは名前からして創作小説の主人公のような名前だが、実在の人物です。名和宗安といいます。(那波ともいう。)
小説では雇われ部隊長のような位置づけで実際は外様の家臣だったらしい。もとは伊勢崎市堀口町名和の名家の出身だが、永禄年間に長尾景虎に攻められ城を脱出、武田家に流れた。

武田信玄は上州一揆衆の盟主、長野業政亡きあと好機と攻め込み、ナワさん・・・無理之助は甲州軍の先手となる。
「お前は上州出身だから地理に詳しいだろう」とでも言われたのだろう。
無理之助は長野氏の本城、箕輪城を目指す過程でゴルフ場の蔵人城(守備隊長・島崎蔵人)、ゴルフ場すぐ目の前の礼応寺城(守備隊長・赤見藤九郎)他を抜き、僅か200の手勢で安中アルプスの雉ヶ尾峠を越えた。 [バッド(下向き矢印)]
現在の雉ヶ尾峠.jpg
安中アルプスには長野や里見の哨戒兵が守備していたが、無理之助はその名の通り夜間に無理して
雉郷峠を突破。烏川を越えて対岸の高浜クリーンセンターに渡り、センターすぐ隣にある高浜砦に攻めかかった。
烏川から.jpg
前述の小説では高浜は単郭の小城だったという。
そこには鷺坂常陸守介長信というローカル武将が守備していたが、放火されて兵が動揺、反撃しようにも単郭だけに退去するしかなく、無理之助の無理強い作戦は成功した。

無理之助率いる牢人部隊は誰よりも先に奥深い高浜まで単独で送り込まれたので殆ど捨て石に等しい。
だがこの無理な奇襲が成功したことで、高浜の前衛で雉郷峠の守備兵は、北の高浜から上がった炎でいつの間にか背後に回られたと気付いたのです。
その後で甲州軍は峠の正面から悠々本隊を送り込む。雉郷防衛ラインの守備兵はいつの間にか背後に敵に廻られ、高浜が炎上し、前から甲州軍の本隊に押し寄せられ、峠の薄い防衛ラインはロクに抵抗できず四散した。
この時、里見も落ちている。
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2013-10-30

無理之助の敵中突破はたまたま成功しただけなのだが、このクリーンセンター傍の高浜陥落が、ここからすぐ西にある長野氏のナンバー2・鷹留城兵を動揺させて陥落させ、箕輪城陥落を早め、長野氏は滅んでしまった。

小説では、無理之助率いる牢人部隊は川窪兵庫助信実(信玄の弟、信虎の十男)に外様以下、牢人の寄せ集めのように上から目線で扱われている。
無理を押し通すように峠を突破したが、上司に無理強いさせられたのかも。無理なのは名前だけだろと思われたくなかったのかも知れない。

高浜の記述はクリーンセンター近くにある高源寺の一画に一枚あった。
この寺と、道を隔てた高台に赤いお堂があって、その一帯が無理之助が攻め込んだ高浜の激戦地と推定されます。
高源寺.jpg
高源寺由来1.jpg
高浜砦1.jpg
高浜砦2.jpg
クリーンセンターの巨大煙突が見えます。
高浜砦3.jpg
クリーンセンターは市の運営で、市内で発生した一般廃棄物のみ搬入できる。
料金は100kgから1kg辺り15円+消費税額で有料になるが、100kg以下だと無料だとか。
もう時効だから書いちゃいますが、2012年春に上州に赴任した最初の頃、ウチの社の市内の現場で、20台半ばの女性写真が自分の車(軽)に支店ゴミを大量に積み込んでるのを目撃した。
「何処へ持って行くのさ?」
「このゴミをセンターに持って行くんです」
助手席、後部座席、小さいながらもハッチバックに、ビニール袋にぎゅうぎゅう詰めしたゴミがパンパンに積載されていた。
「自分のくるまで持って行くの?」
「そうです」
「往復どれくらい?」
「時間ですかぁ?45分もあれば戻ってこれますよぉ」
当時は今ほど信頼関係ができてなかったので面倒くさそうに返ってきましたね。その後、「ゴミ出しに行くガソリン代って清算されないんですか?」と言って来たので、東京の社内規定を流用して、キロ数×〇〇円で清算できるようにした。
でも自分のゴミでもない産廃ゴミを自分のくるまに積むってのは抵抗ないのかな。紙ゴミだけではなさそうなので夏場なんかニオわないか?
業者と契約すればいいのに。でもそういう発想もないまま数年間自家用車によるゴミ搬送を繰り返して来たというんだな。

後日その女性社員が新人後輩社員にゴミを持って行かせる指示を出した。私は幾つか持って積んであげたんです。
「いつも自分で持って行くんか?」
「そうです。アタシにばかり言い付けるって思う時があります」
そりゃぁ新人だから仕方がないだろ。でも哀しそうな物言いだった。
私はその子のくるまが出るのを見送った。そしたらその子に「持っていきなさい」を命令した先輩女性社員が私の傍らに来て険のある言い草で、
「○○さん」
「何だ?」
「あの子ちゃんと全部積んでった??」
後輩を疑うような文言、私は仮にも上役なのに、友達に話しかけるような言いぐさに私は眉を険しくした。
「積んでったよ。でもこういうのはよくない。業者と契約するから」
「何スか?何の業者スか?」
「ゴミを回収する業者だよ」
「???」
わからなかったみたいなので契約しました。なので現在はセンターへの自家用車による搬送、搬入は特別なことが無い限り停止しています。
口の利き方がなってないこの子は登場しています。
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2014-03-30-3
クリーンセンター1.jpg
このクリーンセンターから東へ1km辺り走ったところに景忠寺というお寺があって、どうも人の名前らしいので調べてみたら、長尾氏がいたのを知った。
長尾氏はもとは神奈川県横浜市戸塚区長尾台という地にいた。九つ井戸(レストランではなくホンモノの井戸)の隣にある高台の出身だが、ここにいたのは長尾景忠という人。
知らなくても日常生活に全然、影響のない人。
ただ、景忠という人は2人いて、長尾台にいた鎌倉時代の御家人の景忠と、南北朝時代の左衛門尉景忠と二人いる。ここにいたのは後者で、長尾氏中興の祖と言われてる人。
中興というからには没落していたのだろうか。まさにそうで長尾氏は宝治合戦(北条氏が目障りだった三浦一族を滅ぼした戦闘)に巻き込まれて一族は四散する。景忠さんは唯一の生存者の流れで名跡を継いだ。中興の祖と言われるのはこの人から幾つかの長尾氏が分かれて世に出て、その中にはあの長尾景虎に繋がる家系もあるからです。
長尾景虎.jpg

このお寺は高台にあり、標柱が建てられていた。
由緒はかなり古いようだが詳しい来歴がわからず。周囲をウロついてみたのだが、困ったことに保育園の敷地なんです。お寺が経営してるみたい。
標注.jpg
寺の周囲.jpg
土塁がわかりますか?.jpg
平日の午後だった。中に踏み込むのも躊躇われる。お迎えのお母さんも来だしたのでウロウロしてたら胡乱なヤツと見られる。ぐるっと一周してそそくさと退散しました。

何だか今日の記事はカテゴリがゴッチャになってしまった。
コメント(2) 

コメント 2

チエ

事深くは知らずに通ってましたが、この名和城跡地の学校出身です。
そうですか、武田甲州軍の上州攻め先手として。
宮崎城の落城にも一石投じている訳なのですねー。

あと、少し前の記事の中野学校、祖父の話によく出て来たなとふと思い出しました。
内容は、“その頃の同級にこういう奴がいて…”
という四方山でしたけどね(;´`)
祖父も歩兵情報連隊でした。豊橋の教導学校に通ったと言っていたな。
ジャンさんの記事で学ぶことが沢山…
知らねばそれ迄でしたが、良かったです。

by チエ (2014-04-17 19:07) 

船山史家

チエさんおはようございます。
そういえば名和城跡は○○崎市でしたね。名和無理之介さんは父や兄と生き別れになって脱出し、皮肉なことに甲州軍の先手として上州に戻って来たんです。
無理之介はその後、信玄が死んだあとも武田家中にいましたが、織田軍対武田勝頼軍の長篠(鉄砲3000丁3段撃ち)前哨戦・鳶ヶ巣山で戦死しました。
中野学校は昨年、神奈川に戻ってから知ったんです。
>ジャンさんの記事で学ぶことが沢山
どーもです。私の場合、自分で調べたものになるべく現地の人に直接聞いたコメントを添えてUpしたいのですが、現地に行っても知ってる人がいなかったり、人影が無かったりでハズすことが多いんですよ。
そういえばBlog、タイトル変えたの?
チエさんはBlogと実際のギャップが大きいからなぁ。
by 船山史家 (2014-04-19 08:29) 

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