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その仕事が何であろうと。。。 [呟き独り言]

前の現場部門への復帰、異動を却下され、上州担当も終わりが見えてきて、鬱屈した気分の私は半ば開き直り、社から「やれ」と言われたことだけをやっている。
それでも社から、「この担当を専属にお願いします。洩れのなるべくないように」と言われたので、私の几帳面さや多少神経質でアバウトな完璧主義を買われたと勝手に思っている。
ところがやってみたら最近、この担当はこれ専属でないと完遂できないなっていうのはわかった。
各現場別で締切が30日以内、件数が多いのである。

だが、やれと言われたことはやるが、現場からの相談事、自分の専属業務に関すること以外は答えられなくなった。
もう前とは立場が違うんだよ、自分には助ける権限はないんだよ、とハッキリ言いたい気分だが、ジャン妻は「それは言っちゃぁダメよ」と仰る。
「窓口を明確に伝えるのはいいけど、見捨てるような言い方はしないで」という。
ではどうすればいいのか。
「言葉を濁せばいいのよ」
そういうのは苦手中の苦手なんだがなぁ。

私は帰宅が早くなった。休日出勤もない。私の担当は対行政なので17時までといっていい。ヒマでもないが、気持ち的にはやや無聊をかこってもいる。
それでもモヤモヤしているので、以前購入した書籍から第20代内閣総理大臣高橋是清の言葉を引っ張りだした。(大蔵大臣も6回、任じています。)
己に言い聞かせる言葉.jpg
授かった仕事が何であろうと、常にそれに満足して一生懸命にやるなら、衣食は足りるのだ。

重いなぁこの言葉。
この意味は。。。

『いかなる場合でも何か食うだけの仕事はかならず授かるものである。その授かった仕事が何であろうと、常にそれに満足して一生懸命にやるなら衣食は足りるのだ。
ところが多くの人は、現在困っていながら、こんな仕事ではだめだとか、あんな仕事がほしいとかいっているからいよいよ困るような破目に落ちてゆくのである。』

こうも言っている。。。

『逆境も心の持ちよう一つで、これを転じて順境たらしめることもできる。』

この意味は。。。

『栄枯盛衰は人生の常である。順境はいつまでも続くものではなく、逆境も心の持ちよう一つで、これを転じて順境たらしめることもできる。
境遇の順境は、心構え一つでどうにでも変化するものである。』

別に私は今の境遇を逆境とまでは思わないけど。
更に続く。。。

『何か仕事がなければ到底独立してゆくことのできない者は仕事を本位とするより仕方がないではないか。そして仕事を本位とする以上はその仕事の性質がどんなものであろうとただ一心になってそれを大切に努むるばかりである。そうすればどこにも不平の起こるべき原因がない。
よい地位に上がったからといって欣喜雀躍するはずもなければ、その地位が下がったからといって失望落胆することもない。すべて己れを本位とすればこそ、不平も起こり失望も起こるのだ。』

確かに私は己本位で考えていた。
世の人々って殆どがそうじゃないだろうかと思わないでもないが、自分本位で考えるなということはわかった。その仕事が何であれ、である。
これを反復することで気持ちを抑えている昨今。。。

授かった仕事が何であろうと、常にそれに満足して一生懸命にやるなら、衣食は足りるのだ。
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